磐井八幡宮 佐賀県武雄市朝日町大字中野

[AD]本ページにはプロモーションが含まれています

武雄市の神社

こちらの磐井八幡宮はJR佐世保線高橋駅のおよそ北西1.2km、佐賀県武雄市朝日町大字中野地区の県道270中野武雄線沿いの小丘陵の上に鎮座されます。

参道入口には幟竿が設置された幟杭が打たれ、二対の石灯籠と文化三年造立の台輪鳥居が奉納されています。小丘の上へと向かう雑木林の中に伸びる参道を、緩やかな坂道を反時計回りに上って行くとやがて石段参道が現れ、その両脇には仏堂と弘法大師千百年祭記念の像が建立されています。

石段を上った先の境内入口に二の鳥居が奉納され、境内には千鳥破風付き入母屋造の拝殿と流造の本殿が建立され、拝殿前では筑後型と思われる明治生まれの蹲踞の狛犬が守護しています。

御祭神は応神天皇。武雄領主第二十代後藤家信が、天正五年(1577)に佐賀龍造寺八幡宮の分霊を勧請したとされます。

社頭。

参道入口に立つ一の台輪鳥居。

「岩井八幡宮」の神額が掛かります。

「文化三寅年八月吉日」の刻銘が入ります。

案内板。

 磐井八幡社は中野区の氏神社で、武雄領主第二十代後藤家信が武雄に入嗣した時に、佐賀の龍造寺八幡社の分霊を祭祀しました。御祭神は八幡大神(誉田別尊=応神天皇)です。この地は元来、中野後藤氏の居館であり、後藤氏の北の防御拠点として機能していました。(後略)

案内板より

参道は小山の上に向かって伸びています。

反時計回りにどんどん登って行きます。

頂上付近の石段参道。

石段参道脇の案内板と仏堂。

磐井八幡宮
祭神 応神天皇
天正五年(一五七七)竜造寺隆信の三男家信は、武雄領主第二十代として佐賀より入城するにあたり、佐賀龍造寺八幡宮の分霊を磐井八幡宮として奉祀しました。

石段参道脇の弘法大師。千百年祭記念とある。

最後の石段。この先が境内になります。

境内入口に立つ二の台輪鳥居。

鳥居には「磐井八幡宮」の神額が掛かります。

千鳥破風付き入母屋造りの拝殿。

そして拝殿前の狛犬さんは筑後型かと思われます。

明治28年10月吉日生まれの狛犬さん。

拝殿向拝下の様子。

拝殿の中の様子。

拝殿の中に掛かる奉納絵馬。

透かし塀に囲われた銅板葺き流造の本殿。

「海童神」の石祠。

「奥羽凱陣碑」。

境内の案内板によると、かつて筑紫の君磐井が肥前肥後、豊前豊後を支配下に置いた時に砦を築いたとされ、「磐井の砦」と言い伝えられているそうです。

それでは今日も最後までご覧いただきありがとうございました。

ランキングに挑戦しています。
⇩ポチッとクリックいただければとても励みになります!
にほんブログ村 ライフスタイルブログへ



コメント

タイトルとURLをコピーしました