堀江神社 佐賀県佐賀市神野西2丁目

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佐賀市の神社

こちらの「堀江神社」はJR唐津線の佐賀駅の西方約400メートル、国道264号線の堀江南交差点から西に100メートルのところに一の鳥居が立っております。

まっすぐ伸びた参道の左側は、佐賀市立河野小学校のグランドになっており、この日はサッカーに興じる子どもたちの元気な声が響いていました。

参道入口に立つ一の鳥居。

一の鳥居に掛かる「堀江大明神」の神額。

一の鳥居修復記念の石碑。一の鳥居は享和元年(1801年)建立されたものですが、それほど傷んではいないようです。ただ、よく見ると柱の下の方に継ぎ足されたような痕跡がありました。

二の鳥居。

手水舎。

三の肥前鳥居。

三の肥前鳥居に掛かる「堀江大明神」の神額。

事故防止のために、風化が激しい肥前鳥居の笠木と島木部分や貫の部分を、針金などで補強している鳥居を見かけることがままありますが、こちらは鉄板で巻いて補強されていました。

鎮座地 佐賀県佐賀市神野西2-2-10

御祭神 景行天皇、神功皇后、上筒男神、中筒男神、底筒男神、天照皇大神、応神天皇、
    大山祇命、倉稲魂命、管原道真、若比留女命、建御方命、大己貴命、木花咲邪
    姫命

御由緒 熊襲討伐のため肥前に来た日本武尊の威徳をしのんで土地の人が祠を建て堀江
    大明神と称えたのが起源で景行天皇神宮皇后が主祭神で外に後宇多帝が蒙古退
    治を祈願されたとき勧請の風浪権現即ち住吉三神をあわせ祀つてある 神功皇
    后御皇運を祈らせ給いて当社広前に緑竹一本を植え給いて 「千早振神袁此野仁
    集置天一村竹袁宿登定留千早振神裳此野仁集利弖一村竹袁宿登定奴」 御歌を懸
    げ天神地祇を祭らせ給いけるに其竹緑をまし新篁を生じたりと伝う それによ
    り御歌に因みて此野村と名づけ後国音相通ずるを以つて神野に改む 祭神天照皇
    大神外八柱は無格社合祀により追加する
    昭和五十八年十一月三日 建之

境内案内板より

肥前鳥居をくぐって神門前に来ると、案内板の前に一体だけの肥前狛犬ちゃんがいらっしゃいました。

前脚の部分は欠損していると思われ、辛うじて右の付け根の部分だけが残っています。

神橋。

そして神門。

銅板葺き入母屋造りの社殿。

そしてまず迎えてくれたのが肥前狛犬ちゃんたちでした。

肥前狛犬としては大型の部類に入ると思いますが、屋外で風雨にさらされているためほとんどシルエットで狛犬だなと分かる感じです。

そして、拝殿前の狛犬さん。

ちょっと頭でっかちの狛犬さんですが、おそらく砥川型の岩狛さんでしょうか。

明治20年(1887年)3月生まれの岩狛さんは「城島儀七」さんが制作された狛犬さんでした。

拝殿。

銅板葺き流造の本殿。

稲荷社。

祖霊靖国社。

末社群。

末社群。

こちらの神社にもたくさんの末社が祀られていました。おそらく明治の神社合祀で、周辺にあったいくつもの神社の御神体がここに集められたのでしょうね。

それでは、今日も最後までご覧いただきありがとうございました。

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