肥前狛犬 多久市 その9 宝林寺観音堂

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多久市の神社

こちらの肥前狛犬は神社ではなく、佐賀県多久市北多久町大字多久原両の原地区にある曹洞宗のお寺、「宝林寺」の観音堂に安置されております。

宝林寺は明治13年に現在地に移転してきたとのことで、その前は廃寺となった青龍寺があったそうです。観音堂は両の原区が宝林寺から用地を借用して新四国八十八か所札所となっていたそうです。

境内入口の左側にある観音堂は、施錠されていないので自由にお参りすることができ、ガラスの引き取を開けると観世音菩薩像を祭祀した二つの石祠の前にそれぞれ一体ずつ安置されています。

石祠と狛犬はもともとは別のもので宝林寺とも無関係のものといわれており、廃寺となった青龍寺で祀られていたものがそのまま残されていると思われます。十七世紀末から十八世紀初頭に製作されたものとされ、肥前狛犬の中では中程度の大きさです。

宝林寺の境内入口。

宝林寺。

観音堂。

 堂内の観世音菩薩像を祭祀した二つの石祠前にそれぞれ一体ずつ肥前狛犬が置かれている。この石祠と狛犬はもともとは別のもので、宝林寺とも無関係のものである。(中略)
 向かって右側の狛犬は丈が高く細身である。頭部に突起は持たず、たて髪は素毛である。やや大きめの耳は内耳が前を向く。目は細い沈線で縁をかたどり、目の下に一条の沈線を弧状に彫っている。口は歯が鋸歯状に刻まれて開き、阿像である。四肢は浅彫りで連結している。前肢は極端に長く前肢間は浅彫りである。背は丸みを持つ。尾は持たない。
 左側の吽像も丈は高いが、やや肉付きが良く丸みを持つ。頭頂部が尖り、角の名残りであろう。たて髪はほとんど目立たない。目は細い沈線で縁取りしている。鼻もほとんど目立たない。口は横線を刻み閉じている。四肢は浅彫りで連結している。前肢間も浅彫りである。背は丸みを持ち稜は持たない。尾は丸い団子状である。
 十七世紀末から十八世紀初頭に製作されたものであろう。

多久市歴史民俗資料館発行「多久の肥前狛犬」より抜粋

吽形は、前に石碑があったため斜め上からの撮影なので小さく見えますが、大きさは阿形とほぼ同じくらいの大きさです。

石材は阿吽ともに安山岩だということですが、吽形の方が赤みを帯びていて砂岩のような雰囲気です。

石祠類は以前の青龍寺のものだと言われています。

宝林寺遠景。

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