諏訪神社 佐賀県唐津市浜玉町浜崎西町

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唐津市の神社

こちらの諏訪神社はJR筑肥線浜崎駅の北東およそ200mの距離、佐賀県浜玉町浜崎西町地区の街中に鎮座されます。

県道306号鳥巣浜崎停車場線、浜崎駅の交差点から東へ200mほどの道路に沿うように位置しており、東側の参道入口に一の鳥居が立ち、境内入口の神門前に二の鳥居、境内に二対の唐津型狛犬が守護する唐破風付き入母屋造りの拝殿と流造の本殿が建立されています。

マムシ除けの神社としても有名で、境内の砂を庭などに撒くとマムシが来なくなるといい、境内入口では「御神砂(おすな)」とお守りの授かり所がありますが、これは諏訪姫と誓来の悲しい伝説からきています。

大和朝廷のころ、朝廷から勅使として命を受けた諏訪姫は、百済から献上された神鷹を誓来という鷹匠から受け取ります。やがて二人は恋仲となりますが、ある日、その神鷹が畑でマムシに咬み殺されてしまいます。

これに怒った諏訪大神は、この地からマムシを祓い除けますが、責任を感じた諏訪姫は自害してしまいます。死を悼んだ人々は諏訪姫を本殿に合祀し、同じく亡くなった誓来を末社に祀りました。

境内の庭園に幹がねじれた松の木があるのですが、これは古墳に眠っておられる諏訪姫様に、マムシがが“のたうち回り”ながら謝罪をしているみたいだと言われ、「のたうち回りの松」或いは「謝罪の松」と呼ばれているそうです。

これらの故事から、神紋は「違い鷹の羽紋」となっており、福岡ソフトバンクホークスの必勝祈願をする人も多いとか。御祭神は建御名方命、天照大神、諏訪前命の三柱です。

一の鳥居。神額には「諏訪大明神」とあります。

参拝者用の駐車場の前にお神砂とお守りの受所があります。どうやらわざわざ境内の中まで入って行かなくてもいいようになっているようです。

こちらは境内入口の二の鳥居。

二の鳥居の神額には「諏訪宮」と彫ってあります。

最初に迎えてくれた狛犬さんは、昭和7年(1932)1月建立のなかなかいかめしい感じの唐津型の狛犬さんです。

そして、拝殿前にもまた一対の狛犬が鎮座しておりました。

狛犬が二対あるのは神社合祀のせいなのでしょうか、そういえば一の鳥居の二の鳥居の神額が違っていましたからね。

拝殿前の唐津型狛犬さんは文政10年(1827年)の建立ですが、どちらも真横を向いています。

そしてここでちょっと違和感を感じたのですが、こちらの狛犬は向かって右(神の方から向かって左)の阿形の方に角があります。

本来狛犬は向かって左側(神様の方から向かって右)の方だと思うのですが、これには何か私が知らないことがまだまだあるのでしょうね。

「諏訪神社には鷹が神様として奉られています。」と記してあります。

拝殿の奥を覗いてみると、そこには確かに翼を広げた鷹像が安置されていました。

御神木は樹齢400年の楠の巨木です。その御神木の横にソフトバンクホークスの元監督の王貞治さんからのお礼状の文面が書かれていたものがありました。

 私ども福岡ソフトバンクホークスは、昨年2月に唐津市と総合交流宣言を行い、唐津市の未来づくりちファンに愛される福岡ソフトバンクホークス球団づくりに向けた協力・連携が始まりました。
 その総合交流宣言によりまして、唐津市と福岡ソフトバンクホークスとは、一つの大きな絆で結ばれました。
 また、私の母校である早稲田実業学校や早稲田大学の発展に多大な貢献をされ、「他を敬し、己を敬し、物事を敬する」という「三敬主義」を校訓として主唱されました早稲田の四尊と称される天野為之先生が唐津市ゆかりの人物と知り、私と唐津市との縁も感じていたところです。
 そうした中、その唐津市に鷹をお祀りする神社があるということをお聞きし、福岡ソフトバンクホークスというチーム名との繋がりもあっということで、唐津市との親近感をさらに深めたところでございます。
 その鷹をお祀りする諏訪神社におきましてこのたび、唐津市の皆様のご好意によりまして、福岡ソフトバンクホークスの必勝祈願をしていただけることを大変ありがたく、また心強く思っております。
 これを契機に、唐津市民からの応援の輪がさらに広がり、ホークスファンがさらに増えることを期待いたしております。
 結びに、今後、唐津市と福岡ソフトバンクホークスとの交流がさらに深まることを祈念いたしますとともに、唐津市民の温かいご支援に感謝申し上げまして、私からのお礼の言葉とさせていただきます。

平成19年4月27日
福岡ソフトバンクホークス
王貞治

境内の案内板より

そうか、ホークスですもんね!

鷹をお祀りしている神社があるならそりゃあ祈願したいと考えるのは分かりますよね!

そして、また気になるものを見つけました。

明治四年(1871年)、当時の氏子の方々の奉仕により池を掘り、その土を盛って作られた庭園です。
奈良時代の「神草行」の庭園方式で、三尊石下に滝を組み、心字池には鶴亀舟石を配し、左側の大石が目をひく、池泉観賞式の見事なものです。
神社には珍しい庭園で、現在では数少ない貴重な庭園と謂われています。

※御神苑の奥の一番高い所が古墳(自害された諏訪姫様を祀る)と謂われています。

※御神苑の中に幹がねじれた松の木があります。これは、諏訪姫様の愛鷹をかみ殺した蝮が、古墳に眠っておられる諏訪姫様に、のたうち回りながら謝罪をしているところから、これを、「のたうち回りの松、又は、謝罪の松」と謂います。

※御神苑の中に、五千万年前~三千万年前の木の化石があります。

境内の「御神苑」より

庭内を探してみると、すぐに「のたうち回りの松」を見つけることができましたが、まさに蛇がのたうち回るかのように松の幹が何重にもねじれていました。

これはどういうことなのかと思って調べてみると、じつは諏訪神社がマムシ除けの神社になった言い伝えが残っていました。

 大和朝廷時代、日本には鷹狩の風習がなく、百済から誓来(さいらい)という鷹匠が朝廷に鷹を献上のために来日しました。
一方、朝廷からは勅使として遣わされた高官の娘の諏訪前(諏訪姫)が、社殿前にて鷹を受け取って諏訪大神のご守護で神鷹となりました。
 ある日、その神鷹が三本松という畑の中で蝮に咬まれ死んでしまい、怒った諏訪大神はこの地から蝮を祓い除けたのです。
責任を感じた諏訪前は、死んでしまった神鷹を末社に祀った後に自害してしまい、その死を悼んだ人々が諏訪前を本殿に合祀しました。またこの地で客死した誓来も末社に祀られました。
 この故事・縁起により鷹を写して神宝とし、神紋(社紋)は「違鷹羽」とされ、地元では諏訪神社にお参りして「蝮除けの御神砂」を受けて蝮除けの護符とするようになりました。

なるほど、これで鷹が祀られている意味と、のたうち回りの松の意味が分かりましたw

ほかにもねじれたような古木が散見されます。

これも諏訪姫様に謝罪するマムシの念が成させたものなのでしょうか。

境内北側に立つ鳥居。

鳥居には「末社殿」の神額が掛かります。

合祀殿。

稲荷神社。

道祖神社。

皇大神宮。

幼いころから聞き馴染みのある神社でしたが、こんな謂れがある神社だとは全く知りませんでした。

興味をもって調べていくとなかなか面白いものですね。

佐賀県にはまだまだ面白いものがありそうですから、暇があったら出かけてみたいものです。

それでは、今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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