神變社 佐賀県佐賀市大和町大字久留間字江熊野

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佐賀市の神社

こちらの神變社(しんぺんしゃ) は、長崎自動車道小城ICの東方およそ3kmほどの距離、佐賀県佐賀市大和町大字久留間字江熊野地区に鎮座されます。

県道48号佐賀外環状線中極バイパス「特別支援学校前」交差点の、南東に150mほどの町なかに位置します。

道路際に建立された一の鳥居から北に向かって80mほどの参道が一直線に伸び、二の鳥居と神橋を渡った先の境内には入母屋造りの拝殿と本殿が建立され、それを慶応元年生まれの岩乗り狛犬が守護しています。

境内の案内板に、慶長5年に英彦山神宮の分霊を勧請して創建したとあることから、祭神は天忍穂耳命と思われます。また、社殿の頭貫に施された龍や唐獅子と牡丹、木鼻部分の獅子と象の彫刻などはとても見ごたえがあります。

社頭。

参道入口の石灯篭と台輪鳥居。

鳥居には「神變社」の神額が掛かります。

右の柱に「享保十七壬子年四月吉吉祥日」の刻銘が入ります。

御仏堂。

参道途中に建立された幟杭と二の台輪鳥居。

こちらの鳥居にも「神變社」の神額が掛かります。

左の柱に「文政二己卯年正月吉祥日」の刻銘が入ります。

神橋。

瓦葺き入母屋造りの拝殿。

社殿を守護しているのは砥川型の岩乗り狛犬。

左の台座に「慶應元乙丑年九月」、右の台座に「石工 江頭傳十」の刻銘が入ります。

“傳十”さんといえば、佐賀市金立町の金刀比羅神社に奉納されている砥川型の岩狛さんがそうでしたね。

あちらが万延元年の造立でしたので、こちらの方が5年後に造立された狛犬さんですね。

神変社

この地方の豪族であった松田茂久が、慶長5年に(千六百年)に、日本三大修験場の一つであった英彦山神宮(英彦山権現)の分霊を受け創建し、あわせて修験者の行者堂(修業の場)を建てたのが神変社の始まりといわれています。
新田は文化14年(一八一七年)、拝殿が天保5年(一八三四年)に再建されています。
地元の人はこの神社を「行者さん」とも呼んでいます。
大正時代までは、正月頃、各戸毎に白衣の修験者が回ってきて、読経をしながら水を被っていました。
この修験者達は神変社を拠点にしながら各部落を回っていました。
神変社とは、修験道の祖(先達者)・役行者が死後、「神変大菩薩」と呼ばれていたからです。神殿の「唐獅子に牡丹」の彫刻は見事です。(大和町史より)

境内の案内板より抜粋

拝殿の中の様子。

幣殿から本殿の様子。

天井回りに架けられているのは36歌仙絵でしょうか。

幣殿の貫の彫刻。これは松でしょうか。

本殿前の様子。

頭貫の上の部分には見事な龍の彫刻が施されています。

神社に龍の彫刻が多いのは、天に昇る龍神のイメージから成功と発展の象徴とされ、仕事運や成功を祈願する人々にとって最もご利益を感じられる存在だからと言われています。

また、本殿入口の上の部分には、拝殿の案内板でも紹介されていた「唐獅子と牡丹」の彫刻が施されています。

本殿の木鼻にはお馴染みの獅子と象の彫刻。

本殿の中の様子。

瓦葺き入母屋造りの本殿。

ちょいと上を見ると、向拝の屋根の両サイドにも飛び狛さんが居ましたw

棟瓦にはシャチホコが居ます。左三つ巴の紋が入っています。

記念碑でしょうか。

御神木。

境内の様子。

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