この肥前狛犬は多久市の集落のとある天神石祠を守護しております。
多久市の資料により、この集落に天神石祠があるということは分かっていたのですが、ひとりで探し回っても発見することはできず、運よく出会えた日向ぼっこをしておられるお年寄りの方にお尋ねして、やっとその場所が分かりました。
「あなたが探しているものかどうかは分からないが、お天神さんなら向こうにあるよ」と、道路まで出て行かれて指をさされた場所は、私が先ほどから何度も車で行き来していた場所でした。
どうやら地元の方からは“お天神さん”と呼ばれて親しまれているようで、教えていただいた場所は道路わきの畑の中でした。
祠もなく、普通に畑の隅っこにお祀りされている天神様の石祠の前に、一対の肥前狛犬が奉納されています。全体的に浅彫りでかたどられていて、顔も線彫りではなくお猿さんのような表情をした、とても愛嬌のある肥前狛犬でした。
天神石祠。
多久市発行の「多久の肥前狛犬」によると、『丹邸邑誌』が編集された弘化四年には拝殿があり石祠にも瓦葺きの覆屋が建立されていたようです。
「宝暦八戊寅八月貮三日」の刻銘が入る石祠の中には、菅原道真公の丸彫り座像が祭祀されています。
全体的に浅彫りでかたどられていて、顔も線彫りではなくお猿さんのような表情を醸す造りになっています。
阿像は頭部に角を表す突起はなく、大きな耳が外側に垂れている。たて髪は素毛であるが目立たない。目や鼻もあまり目立たない。口はわずかに開き歯が見え、顎先が丸みを帯びている。四肢は浅彫りで連結している。前肢は足先を前に出し、前肢間も浅彫りで幅が広い。後肢は膝を折り曲げている。背は丸みを持ち、稜は施されていない。尾は渦巻状の突起である。
多久市歴史民俗資料館発行“多久の肥前狛犬”より抜粋
吽像は突起部は尖っているが、角には見えない。たて髪は素毛と思われる。顔の表情は特徴に乏しい。口は横線で刻み閉じている。顎がやや尖っている。前肢間および前肢と後肢の間は浅い彫りで連結し、側面から見ると四肢とも細い。前肢は割竹形でやや内側に湾曲し、足先にくびれを入れ指先を表している。
肥前狛犬特有の弧線や直線の組み合わせはほとんど失われている。石祠と同時期の奉納と思われ、肥前狛犬が姿を消す直前の十八世紀中頃の製作と推測される。
遠景。
こちらの肥前狛犬は接着はされていないようなので、場所の表記は控えさせていただきました。
地元の方から親しまれてきた“お天神さん”ですが、この集落が世代交代が進んで行く中でも変わらずに祭祀されていくことを切に願います。
それでは今日も最後までご覧いただきありがとうございました。
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