こちらの本庄神社はJR長崎本線佐賀駅の南西およそ3km、佐賀県庁西側を走る県道260号の通称佐大通りを挟んだ街なか、佐賀県佐賀市本庄町大字本庄地区に鎮座されます。
通称本庄宮通りの「本庄宮前」交差点の北の角に位置し、参道入口には慶長八年に鍋島直茂公が奉納したとされる、まさに肥前鳥居然とした鳥居をくぐり、お濠に架けられた円弧型石橋の神橋を渡ると楼門が建立されており、境内には唐破風付き入母屋造の拝殿と権現造の本殿が建立されています。
拝殿前には享和二年生まれの狛犬が奉納され、境内には複数の摂末社が祀られています。欽明天皇二十五年の創建、御祭神は豊玉姫命と合祀により追加された仁徳天皇外六柱です。
お濠に架かるアーチ形の石造り神橋と神社入口遠景。
社頭。
参道入口の肥前鳥居。
慶長八年に鍋島直茂公が奉納したもので、島木と笠木が一体となり、木笠木、島木、柱および貫がいずれも三本継になっていて、肥前鳥居の特徴すべてを備えた見事な鳥居です。
この木鼻の形が何とも言えないのです。
すべてを確認することはできなかったのですが、柱には「大日本國鎮西肥前州佐賀郡与賀荘本荘淀姫大明神奉建立石鳥居二柱大徳本主鍋嶋加賀守豊臣朝臣直茂慶長八年発卯九月廿八日」の刻銘がはいっているとのことです。
佐賀県の重要文化財として保護されています。
鳥居には「本庄淀姫大明神」の神額が掛かります。
楼門。
よく見ると、楼門の貫の上に二匹の猿の彫り物が施されており、どちらも片方の手を後ろに回しています。
調べてみると、この猿の彫り物は鍋島直茂公が神社を改修した際に造られたもので、当初は両手を前で合わせるように作られていたのを、後で片方の手を後ろに廻すように作り変えられたそうです。
直茂公が本庄神社を改修して以来、付近の田畑が頻繁に荒されるようになったそうです。ある夜畑を荒らす影を村人が見つけ、正体を確かめようと後を追うとその正体がこの木彫りの猿だったんだとか。
そこで村人たちは直茂公に相談したうえで木彫りの猿の眼を潰し、後手に縛り上げたように作り変えるとその後は荒されることがなくなったということでした。
面白い逸話ですが、こうした逸話というものはどこの地域にもあるので、機会があったら調べてみると興味深い話もあるかもしれないですね。
佐賀市の重要文化財の石灯籠。
手水舎。
境内遠景。
境内遠景。
御神木のクスノキ。
樹齢は600年。
大黒天。
社務所。
銅板葺き唐破風付き入母屋造の拝殿。
郷社 本庄神社 佐賀郡本庄村大字本庄
“佐賀県神社誌要”より引用
祭神 豊玉姫命
仁徳天皇 日本武尊 天照皇大神 日子神 伊弉那神 龍王神 猿田彦神
欽明天皇二十五年の勧請にして、代々の國主藩主の崇敬篤く、郷中の産土神と仰き祭祀も怠らず、明治四年十二月郷社に列せらる。祭神仁徳天皇外六柱は、無格社合祀により追加せり。
拝殿前の狛犬さん。三養基型っぽい印象を受けますが…。
左の台座に「石工 平川喜三郎」が、右の台座には「享和二年壬戌 三月穀旦」の刻銘が入ります。
頭貫の上には鳥除けのためなのかネットが張られていますが、その奥には前肢を前に出した狛犬の彫刻が施されています。
拝殿の中の様子。
左右の格子戸の奥には随身様が安置されています。
透かし塀で囲われた幣殿と権現造の本殿。
本殿に施された龍の細工。
境内社。
境内の西側には子ども用の遊具が設置されています。
稲荷社。
境内北側には合祀により集められたと思われる多くの石祠が祀られています。
稲荷社ほか。
神庫。
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