堤雄神社 佐賀県杵島郡江北町佐留志

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江北町の神社

こちらの堤雄神社はJR長崎本線江北駅から北東方向に700メートルほど、佐賀県杵島郡江北町佐留志の町なかに鎮座されています。

線路沿いを走る佐賀県道35号多久江北線の「佐留志」バス停から、北側にある旧長崎街道に入ると正面に「白華山宗光禅寺山門」が見え、そこからさらに北へ行くと一の鳥居の立派な肥前鳥居が見えてきます。

旧長崎街道は道幅が狭いので、車を走らせながら目的地を探すというのはとても危険ですし、対向車が来た時にはお互いに譲り合わなければならず大変なので、自家用車はどこかに駐車されて徒歩で探される方が無難です。

なお、近くには「うちだ屋 江北店」「須彌亭」「ベビーフェイスプラネッツ 佐賀江北店」といったお食事処があるのでお昼時でも安心して参拝できますよ。

参道入口に立つ一の肥前鳥居。

一の鳥居に掛かるのは「正一位社」の神額。

参道は真っ直ぐに伸びた方です。

因みに車で境内付近まで行くことはできますが、駐車は神主さんの自宅前に数台しか止めることができませんし、急斜面の急カーブなので普通車だと坂道のカーブでフロントバンパーをやられてしまいますw

神主さんの誘導で自宅前に止めさせていただこうとしたんですが、私の車もフロントバンパーの下の部分をしっかり擦ってしまいました。

神主さんのお話では軽自動車じゃないとムリなんだそうです。それ早く言ってよwww

石段参道入口に立つ二の台輪鳥居。

二の鳥居には「裹尾社」の神額が掛かります。

「裹」は「つつ」と読むそうなので、これで「裹尾社(つつおしゃ)」と読むのでしょうか。

長い石段参道が続きます。

もうひと踏ん張りです。

三の台輪鳥居。

…と思ったのですが神額には「乙宮社」とあります。どうやらこれは境内社の鳥居のようです。

昭和55年4月に再建された鳥居のようですが、見た目にはもっと年季の入った鳥居に見えます。

唐破風付きの瓦葺き入母屋造りの拝殿。

鎮座地 佐賀県杵島郡江北町佐留志2630

御祭神 猿千代麿 菅原道真

御由緒 天平の頃、大職冠藤原鎌足公の孫、右大臣淡海公の子武松侍従成満朝臣、勅に
   より九州に下向し、巡行の後、杵島郡北郷裏尾荘に止り、遂に此の地にて逝去し
   た。嫡男猿千代麿次男石若麿は、尚この地に永住せしければ、その名を取り、猿
   石の荘といいしを、後世佐留志と呼ぶに至れり。後に里人は猿千代麿を堤雄神と
   称し、石若麿を乙宮神として崇め産土神と仰げり。三代実録に情願三年八月二十
   四日、肥前国正六位上堤雄神に従五位下を授く、仁和元年二月十日、肥前国従五
   位下堤雄神社に従五位上を授けるとあり、以て往時本社の大社なりしを知るべし。
   藩主鍋島家の所領となってより崇敬特に深く、以て明治維新に及び明治六年郷社
   に列せらる。その後縣社に昇格。

産土神名帳より引用

そして拝殿前の狛犬さん。

かなり頭でっかちの狛犬さんは、かのヒット映画のスターウォーズに出てくるダースベーダーを思わせます。

言い方が悪いかもしれませんが、脚も短足でスタイル的には私がこれまで見てきた狛犬さんの中では群を抜いて悪いですw

明治30年11月生まれの狛犬さんでした。

拝殿の中の様子。

銅板葺き流造の本殿。

手水舎。

御堂。

石祠群。

大黒天と石祠。右側の石祠は「祇園宮」。

稲荷社。

この日はマイカーには悪いことをしてしまいました。

やはり山間の神社に参拝するときは、無理をせず徒歩での参拝がベターのようです。

それでは今日も最後までご覧いただきありがとうございました。


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