こちらの坪の上天満宮はJR長崎本線佐賀駅の北北西およそ3.5kmの距離、佐賀県佐賀市高木瀬町長瀬地区に鎮座されます。
国道263号線から東側の路地に入ると、やがて道路に沿うように開けた境内が現れます。境内の南側の民家の横に道路と並行に幟杭が打たれていますが、境内に入った先に横向きに建立された鳥居があることから、おそらく民家が立っている場所がかつて参道であったことが窺えます。
鳥居の横には永正十五年造立の「石造り六地蔵六観音像」が安置され、享和三年の銘が入る鳥居をくぐった先に入母屋造りの拝殿と流造の本殿が建立されています。観音像はその名前のとおり、下段に蓮座する六体の地蔵像が彫られ上段に六体の観音像が彫られており、佐賀市の重要文化財に指定されています。
かつてこの地には龍造寺氏の出城があり、集落一帯には北屋敷や南屋敷が存在していたとあります。案内板によると、福岡市早良区曲渕「曲渕城趾」に鎮座される曲渕天満宮の分霊を勧請したとあり、御祭神は菅原道真公と思われるものの神仏習合の名残が色濃く残る古社です。

神社遠景。

南側の民家との境界部分に三尺幅の幟杭が奉納されています。

境内へ入ったところに「佐賀市重要文化財 石造り六地蔵六観音像一基」の石碑とともに案内板が建立されています。

民家に向かって立つ台輪鳥居。
おそらく昔は民家側に参道があったものと思われます。

鳥居には「天満宮」神額が掛かります。
左の柱には「奉造立大日本国鎮西之前州佐嘉郡坪上邑萃表一柱 維時享和三癸亥天日吉祥 氏子中歓喜石工人敬白」、右の柱には「天下太平 国家安寧 五穀豊穣 萬民快楽」の刻銘が入っております。
しかしながら、拝殿の案内板を見るとこの鳥居は再建されたもので、刻銘は創建当時のものをそのまま刻んだとありました。

境内の南の角に祭祀された仏像群。

こちらが「石造り六地蔵六観音像」です。

境内西側の石祠群。

入母屋造りの拝殿。

拝殿の中の様子。
坪の上天満宮
拝殿内の案内板より
享和三年(一八〇三)村の鎮守として地区の東北隅(鬼門)に創立された。周りは杉の森にかこまれ、裏には松の大木が天にそびえていた。曲渕天満宮と呼ばれていた。脊振山の三ッ瀬峠を北に越えた所の地名が曲がり渕、そこの曲渕城趾に鎮座まします天満宮の分霊が坪の上天満宮で、昔そこに住んでいた秀島氏等が当地に転居して来た時に奉じて来たものである。現在の所に移転されたのは大正の初め頃であった。社殿が新築されたのが昭和十一年五月、鳥居は元の享和三年三百年前の創建当時そのままで銘に天下太平、国家安寧、五穀豊穣、万民快楽
本殿。

手水鉢。

境内遠景。
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