白山宮 佐賀県唐津市七山白木狩川

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唐津市の神社

こちらの白山宮はJR筑肥線浜崎駅の東方およそ5.5kmの距離、国道323号線の樽門バス停から県道143号藤川二丈線を3kmほど行った、佐賀県唐津市七山白木狩川地区の北の外れの雑木林の中に鎮座されます。

狩川川に架かる石畳の橋を渡り雑木林の中に入ると先ず石段参道前に注連柱が建立され、その先に鳥居が奉納されており、さらに石段参道を上った上の境内に明治生まれの狛犬が守護する一間社流造の拝殿と本殿が建立されています。

この地を治めていた草野氏が応永20年に白山宮を勧請して創建とあり、御祭神は菊理姫命と思われます。また、一間社流造と呼ばれる建築様式で造られた社殿は、七山村ではもっとも古い木造建造物として重要文化財として保護されています。

境内入口の案内板。

白山宮 内殿
 この神社は、応永20年(1413)七山浜玉を治ていた草野氏が、二丈町吉井方面の防備のため、家臣の草野武永氏を狩川に配置し、その草野氏の氏神として白山宮を勧請し奉ったことに創ります。
 現在の本殿(内殿)は、延享5年(1748)の棟札が残っていて、唐津在住の大工の棟梁等により再建された、七山村では最も古い木造建造物です。
 社殿は一間社流造と呼ばれる形式で、社殿の下に大きな自然石を積み重ねた上の井桁の土台上に柱を立て、背面の土台は亀腹状に上部を丸削り出しています。柱頭に出三斗を置き、中備に四面とも斗なしの蟇股状彫物を配してます。妻飾りは虹梁笈形付き大瓶束で、結綿は扇に飾り房付きです。
向背は面取り角柱に水引虹梁を渡し、身舎柱とは海老虹梁で結び、柱頭に連三斗を置き、花紋の手鋏を付けています。中備に菊花と葉の蟇股状彫物を飾っています。
 総欅造りの極彩色社殿で、屋根の大棟や鬼瓦も木製で、鬼瓦と大棟正面に「水」を記し、いかにも火災予防に気配りした上質の本殿です。

石段参道前に建立された注連柱。右三つ巴の紋が入ります。

石段参道途中に奉納された鳥居。

「白山宮」の神額がかかります。

左の柱に「安永四乙未歳十二月穀旦建 産子中」、右の柱に「奉華表壹基」の刻銘が入ります。

最後の石段を上ると上の境内です。

石段参道わきに祀られた石塔。

一間社流造の拝殿。拝殿正面の柱間が一間であることからこの名称が付いています。

参道入口の案内板によると創建は応永20年、御祭神は菊理姫命と思われます。

菊理姫命(ククリヒメノミコト)
 古事記には登場せず、日本書紀の異伝(第十の一書)に一度だけ登場する女神で、全国の白山神社に祀られる白山比咩神(しらやまひめのかみ)と同一神とされています。
 伊弉冉尊(イザナギ)と伊奘諾尊(イザナミ)が、黄泉において口論となったときにその仲裁をしたといわれており、男女の仲を取り持つ縁結びの神や事業の商談成立の神といわれています。また、死者(イザナミ)と生者(イザナギ)の間を取り持ったことからシャーマン(巫女)の女神ではないかとも言われる。

入母屋造の本殿。

唐津型の狛犬。吽形は右足で玉を取っています。

左の台座に「明治二十一年戊子一月穀旦」、右の台座に「値賀河内村 徳永長三 同男 善次」の国名が入ります。

境内隅には注連柱の奥に石祠が祀られています。

手水盤。

手水鉢。

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